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第一番 勝負の綾


OHSHOUさんと会うのは1年ぶり。コロナに用心し、外出なども控えているらしい。今はすっかり「観る将」ですと笑う。対局から遠ざかっていても、新しい戦法や戦術、感覚などを仕込んでいるかもしれない。心して掛からねば。

 

居飛車党で急戦を得意とされている。特に棒銀は皆から恐れられている。矢倉を教わることにした。

 

【1】手なりでついていく

 

最近の私はさほど作戦に凝ることなく、「手なり」で相手についていくことが多い。なお本書では全局後手で指しているので、先手側から私をやっつけるつもりでお読みいただければありがたい。

 

OHSHOUさんは玉の囲いもそこそこに▲3五歩から開戦。角と角が向き合い、交換後の打ち込みに注意が必要だ。後手の3四銀2三金は角換わりでよくある形。先手の居玉と4九金4八銀は横歩取りの新山崎流のようにも見える。矢倉にしては一風変わった出だしとなった。

 

(1図は△2三金まで)

 

【2】互いに陣形を整備

 

△2五歩〜△3五歩と絆創膏を貼る。▲2七飛は面白い引き場所。2八角のスペースを作ったものだろう。

 

OHSHOUさんは▲6六銀〜▲7七桂と左辺で攻めの形を作る。徐々に謎が解けてきた。なるほど、玉はもう囲わず、これで囲いの完成と見なしているのか……。後手からは先手玉がやけに深く遠く見え、終始その距離感に戸惑っていた。

 

このまま猛攻されてはたまらない。まずはバラバラの陣形をどうにかせねば。私は歩損を甘受し、左銀を4三へ引きつけた。

 

(2図は△3三桂まで)

 

【3】手渡しの△9五歩

 

先手は飛車を5筋に転回。後手も△5二飛と応戦する。6五は桂の跳ねる場所かと思ったが、▲6五銀も「棒銀のOHSHOUさん」らしい。

 

▲6六飛の局面で指す手がまったく分からなかった。△9五歩は狙いに乏しく、言わば手渡しの一種。先手に今の気分を問うている。▲同歩と落ち着かれてもどうしていいものか。但しOHSHOUさんは手抜きして攻めの手を指してくると思った。この辺りは対局者心理だろう。果たして先手は▲8三角〜▲7四銀の進軍。

 

(3図は△6四銀まで)

 

【4】先手にとっての不運

 

3図からは▲6一角成という強手があったようだ。(我が家のAIの指摘)。以下△同金▲6三銀成に、飛車を逃げるか攻め合うか。後手にとって悩ましい変化だった。

 

実戦も自然な進行。双方に選択肢の多い局面が続いた。▲5六角成と目障りな歩を払いながら馬を急所に引きつければ、普通は手厚いとしたものだろう。△5五銀打とされて景色が一変したのは、先手にとって不運だったかもしれない。

 

OHSHOUさんの手が止まった。局面は大きく動き、形勢は後手に傾いた。

 

(4図は△6六銀まで)

 

【5】不思議な一局

 

△6六銀(4図)にOHSHOUさん「王手かあ」。以下後手が無難に寄せ切った。

 

本局私は攻めの手をほとんど指していない。ひたすら先手の攻めに対応し、気がついたら事態が好転していた。私の受け身の棋風や面妖さが出た不思議な一局だった。

 

印象に残るのは3譜の△9五歩。おそらく疑問手だろう。けれど将棋は最善手を多く指すだけのゲームではない。目の前には相手があり、そこには心がある。二人が相対し、さまざまなやり取りが交わされる。そうした中に実戦の勝負の綾が生じるのだ。

 

(投了図は△5七飛成まで)